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1. 毎日がトレーニング。子ども時代から上京まで

秋田県五城目町。

朝市が500年以上続く小さな街に、私は生まれました。

スポーツ万能少年

もともと子どものころから、
体力や運動神経は群を抜いていました。

自分で言うのは気が引けますが、
いわゆる、スポーツ万能という少年でした。


徒競走はいつも一番。

野球や相撲、柔道、ラグビーも、
とにかく運動に関しては、常に一目置かれる存在でした。


遺伝的な要素がとても大きかったと思います。

父親は町でも1、2を争う力の持ち主。
母は陸上競技の選手でしたから。



毎日の生活が、足腰のトレーニング

私が幼かったころは、

毎朝毎晩、母屋から少し離れた井戸へ行き、
水を一生懸命くみ上げて、

それをまた家まで50mくらい歩いて運ぶ、
ということを繰り返していました。
それが日課でした。


日常の中にそういう労働が当たり前のようにあったんです。
それ意外にも、掃除や畑仕事、
あらゆることを自分の体を動かしてやっていた。
今のように便利な道具はありませんでしたから。


そうした生活習慣が、
自然に足腰のトレーニングとなり、
知らず知らずのうちに、
鍛錬が出来ていたんだと思います。

冬の部活は、自重トレーニングで基礎体力づくり

中学校の部活動。

雪国なので、冬は校庭が使えません。
廊下や室内でトレーニングをして、
冬の間に基礎体力を鍛えます。


バーベルなどはなかったので、
おのずと器具を使わない自重トレーニング。

腕立て、腹筋、背筋などの種目を、
ひたすら繰り返していました。


学校の伝統として、先輩がとても厳しかった。
いい加減にやっているとすぐに怒られてしまう。
油断出来ないからいつも真剣でした。


毎日毎日、かなりキツかったですが、
こうした積み重ねが、
後の本格的なウェイトトレーニングの下地になりました。
無駄なことはないんですね。笑

将来の夢はマスコミ

高校時代は、通学時間が片道2時間にもなってしまったため、

時間的な理由から、運動部に入ることは諦めました。

ラグビーとかレスリングをやれば、
1年生からレギュラーになる自信はあったんですけど。


そしてそのころ、
だんだんと夢を思い描くようになりました。
将来はマスコミに行きたいと思ったんです。

雑誌社とか放送局とか。

もともとスポーツは得意だし、
身体的にも恵まれていましたけど、
その中だけに留まりたくなかった。

部活動から、
一旦遠ざかったことが影響したのかは分かりませんが、
スポーツとか身体のことだけじゃなくて、
もっと視野を広く持って、
いろんな世界を見てみたいと思ったんです。


世の中や別の分野のことを、もっと深く広く知りたいと。

ボディ・マインド・スピリット

結果的にはその後ずっとウェイトトレーニングを続け、
自分でジムを経営することにもなったのですが、
私のジムは、
単なるトレーニングをするだけの場所にはしたくなかった。

ボディ・マインド・スピリット。
身体も心も魂も、健康に。
そういう想いは、
この頃からなんとなく持ち始めていたんでしょうね。

やがて高校を卒業。
抑えきれない夢や好奇心が、
私を、小さな五城目の町から、

東京へと向かわせました。